誰が決めること

今日、友達から「自己中ね」といわれました。

別に嫌な感じで言われたわけではありません。
「自己中」と本人に言えるくらいだから、それくらい仲のいい関係であります。
最近になってそういう冗談を言い合えるようになったのですが、だからこそ、まだ言われて2回目くらいですが、「そういうこと言わないで~」と言い返しました。
別に本気で怒ったわけではないし、本気で悲しくなったわけでもありませんが、やっぱりいい気のする言葉ではないので。

私が「その言葉をきくとすごく嫌な気持ちになるから、言わないで」というと、友達は「なんで?あたってるから?」とサラリと言い返してきました・・・ムムムッ。

確かに、よく「あたってると腹が立つ」とは言いますが、私の場合そうなのかな。
関係ないときもあります。
「○○さんっていいよね~」なんていわれて、ムカツクこともあります。
私の何を知ってるんだい。
褒められても逆に嫌味っぽくて、誤解とか過大評価、過大表現とか、まぁとにかく、あたってなくても嫌な気分になるときはあります。

で、後から「本当にそういう風に思われてるのかな」「本気でいったのかな」とか心配になります。

「私、本当はそういう人間じゃないよ」って訂正しようとしました。
いや、でも自己中なところはあります。
でも、心優しいところもあるんです!!(自分で言っちゃいましたが)。

あれ・・・?でもこの二つって、相反するものじゃなくて共存するもの?
自己中で優しいひと、世界中にいっぱいいます。
身内にだけ優しいひと。
同じ宗派の人のためには命を惜しまない人。
だけど、他の人は傷つけても平気、というか、それが正義になってる人。
人それぞれ、自分なりの正義や善への価値観を持っていて、その人なりの優しさを表現してたりするんですよね。
だから、みんな「自己中」であり、みんな「心優しい」くもあるのかもしれません。

「他人がどう見られてるかは関係ない」
そう断言する友達がいました。
彼女のいうように、自分に確固たる自信を持っていれば、周りからどう思われようと関係ないのかもしれません。
だって、誰も自分以外の人のことを本当に知ることはできないのですから。

私の悪友が、セレナを購入したのに、改造したりぬいぐるみを大量に搭載したり。
大変です。
周りの目をすこしは気にしてくれないだろうかと。
その時は思いました。

Posted on 水曜日, 3月 14th, 2012 at 4:11 PM and is filed under つれづれ綴り. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Both comments and pings are currently closed.